2016年 教師学事例研究会のご報告

2016年8月3日(水)、第14回教師学事例研究会が、金沢工業大学大学院東京虎ノ門キャンパス(東京都港区)で開催されました。今年も全国各地から、教師、幼稚園教諭、保育士、保護者など約70名が参加し、教育現場での実践事例の発表などが行われました。また、希望者には参加証明書が発行されました。(主催:教師学研究会/共催:親業訓練協会)

教育とコミュニケーション力(りょく)

〜アクティブラーニングを実現させるゴードン博士の教師学〜

今年の教師学事例研究会のテーマは、「アクティブラーニングを実現させるゴードン博士の教師学」。
プログラムの開始にあたり、教師学事例研究会の野利雄実行委員長によるテーマについての説明の後、1.ミニレクチャー(教師学の概念や用語の簡単説明)、2.現場からの事例発表((1)保育園(2)公立小学校(3)私立中高一貫校)、3.グループセッション、4.全体シェアリングという構成で進行しました。
午前中には、教師学ミニレクチャーと事例発表(1)が、また昼食を挟んで午後は、事例発表(2)・(3)の後、グループセッションが行われました。
ロールプレイを交えながらのグループセッションでは、熱心な意見交換が行われていました。
最後は全体でのシェアリングで、この一日を振り返りました。

チラシ&プログラム

【ミニレクチャー】
教師学とアクティブラーニング

ミニレクチャーの様子

教師学インストラクター藤ア正彦氏によるミニレクチャーでは、教師学の重要用語が、「行動の四角形」の説明を基に解説されました。教師自身が生徒の行動を見た時にどう感じるか気持ちを整理することで、生徒の話を聞く場面か、自分が語るのがふさわしい場面かを判断することができるツールがあること。そして、その「行動の四角形」を意識した上で、適切な言葉かけで生徒に接することの大切さが、教師から生徒への実際の言葉かけの例を交え、分かりやすく説明されました。
教育現場において、生徒と教師の間での双方向のコミュニケーションを教師が意識することで、お互いの信頼関係が生まれ、それが延いては教師の力量を充分に発揮できることに繋がる。そのために「教師学」があることを実感できたレクチャーでした。

*実践事例発表*

これってアクティブラーニング?

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群馬県 私立保育園副園長
村中 照世氏

保育の現場でのゴードン・メソッドの実践事例を、園でのアンケート結果とともに発表していただきました。

村中さんの保育園では、6年前から積極的にゴードン・メソッドを取り入れた保育を行っており、アンケート結果からは、ゴードン・メソッドを取り入れた当初との比較から、(1)現在の方が子どもの自己表現が増え、自分で考えて行動することが増えている。(2)子どもがクラスの中で安定して生活している。(3)6年前に比べ、園内で「環境改善」への取り組みが積極的に行われており、以前は職員同士で話し合い、確認した上で行っていたが、最近は各自が気づいたことをすぐに工夫している姿が見られる。などが報告されました。

また、園では子どもが母親の話を能動的に聞いたり、お友だちに能動的な聞き方をしたりしている場面が多く見られることから、保育者がゴードン・メソッドを使うことで、子どもも自ら使おうとするのではないか…。それがアクティブラーニングに繋がるのではないかと語る村中さん。報告後の質問では、園全体としてゴードン・メソッドを取り入れるようになった経緯や、なぜこのように素晴らしい型で広げることができたのか、さまざまな質問にも答えていただきました。「子ども中心の保育に」との強い理念を基に、私立園ならではのメリットを活かし、常に柔軟に対応してきたこと。また、保育者がゴードン・メソッドを学ぶことにより、保育者自身が大きく影響を受け、自分自身を知ることや表現することに意識的になったこと。それが園での職員同士の信頼関係や、子どもたちとの信頼関係に繋がっているというお話に、皆さん大きく頷かれていました。

教師学のメソッドで子どものアクティブな学びを引き出す
−算数科の場合−

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東京都 公立小学校講師
吉川 寛子氏

吉川さんは、小学校2年生の少人数算数クラスの講師をされています。子どもたちのアクティブな学びを引き出すためにどのような実践が必要なのか、仮説の設定から実践、検証に到るまでの記録を詳細に報告してくださいました。

吉川さんは、担当クラスでアクティブラーニングを実践する上での懸念と疑問をご自身が能動的に聞いてもらったことで、思考が整理され、実践への意欲が増したと言います。その体験から、子どもたちも「気持ちを汲んでもらうとやる気がアップするのではないか」とのヒントを得て、「教師学の手法で子どもの心に寄り添うことが、子どものアクティブな学びを引き出す」という仮説を立て、実践と検証を重ねていかれました。

実践記録の報告では、具体的な学習内容とともに、生徒が課題に取り組む様子が再現され、吉川さんご自身が実際のクラスでの生徒の行動にどのように対応し、どのような言葉かけをされたのかも詳しく説明されました。

最後に検証結果として、子どもたちのノートや対話する姿から、「自ら考え、行動する姿勢」を発見することができ、教師学の役割とは(1)教師と子どもの信頼関係を盤石なものにする(2)子ども自身の問題解決を促す(3)子ども同士を繋ぐことにある、というご自身の考察を語られました。

また、「算数科講師として、限られた授業数での生徒との関わりから、お互いの信頼関係を築いていくのはとても難しい。だからこそ教師学のスキルを使いながら、『能動的な聞き方』を支柱にし、『肯定のわたしメッセージ』を水とし、信頼という太陽で照らしながら、ぐんぐん成長する子どもを見守っていきたい」、という吉川さんの力強い言葉がとても印象的でした。

アクティブラーニング型授業に有効な教師学のアプローチ
−シチズンシップ教育での試み−

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東京都 私立中学校・高等学校教諭
井田 佐恵子氏

井田さんは、社会科の教諭であり、現在中1の担任をしていらっしゃいます。シチズンシップ教育やアクティブラーニング型授業をする上で、教師学のアプローチがいかに有効であったか、実践例を紹介して下さいました。

「市民性教育・市民性学習であり、社会の良いメンバーになる」というシチズンシップ教育と、「協同して良い学びをする」アクティブラーニングは教育の目的は一致しているとおっしゃる井田さん。

東日本大震災の際に生徒たちが自発的に写真洗浄ボランティアに参加し、単なる「歴史上のこと」ではなく「自分の体験」へと自らを変化させる姿に出会い、「当事者性」の大切さを知ったことや、更にご自分が教師学講座などの学びを得たことで、本格的にアクティブラーニングとシチズンシップ教育を取り入れていこうと決意されました。

具体的には、生徒がお互いに話し合い、連携していくための学びが得られるゴードン・メソッドの「第三法」を活用しようと授業に組みいれることで、1年後には主体的・協同的に動くことの手ごたえを生徒自身が感じるようになり、アクティブラーニングの目的も自然に実感するようになったそうです。

「シチズンシップ教育で大事なことは、自分が尊重された、そして、相手を尊重できた実感。話し合ってみたら、解決策が出てきた実感。それは、社会科に限らず、授業にも限らない。そんな経験がシチズンシップ教育の最たるものだとしたら、それはまさしくゴードン・メソッドの教師学そのもの。信じて関わることの重要性を私に教えてくれた教師学を実践していく人が増えることが、シチズンシップ教育の最初の道だと思う」と力強く締めくくられました。

【グループセッション】
言葉かけの実践体験

グループセッションの様子

ここまでの時間は、事例発表を聞いて討論をしたり、質問をして過ごしましたが、グループセッションでは、参加者同士が直接、言葉かけの実践体験をしました。
実際の教育現場でアクティブラーニングをする際に起こりそうな場面を想定し、ロールプレイを行いました。4人ひと組で教師役・生徒役になり、各自が役割をとってみて、教師の言葉のかけ方の違いにより、生徒の感じ方がどのように違うのかを味わいました。
ロールプレイをすることにより、感じ方の違いをはっきりと体感できたと好評でした。

【全体シェアリング】

全員で大きな輪を作り、一日過ごした感想などを分かちあいました。

◎参加した方々の感想の一部をご紹介します。

ゴードン・メソッドは、「人としての関わり」全般に適用できると感じた。生れてから死ぬまでのあらゆる人間関係、様々な場面で実践していけると思った。

相手に受け入れられ認められることにより、自分がいかに安心できるか、また自分自身を発揮できるようになるかが分かった。

先生が認めてくれるという基盤があって、子どもたちも自分で自分のことを認められるようになり、成長していけるのだと感じた。

教師学という言葉自体もあまり知らなかったが、生徒や保護者に対して、どのように接していけばいいかのヒントをもらえた。叱る以外の方法があることを知り、今日知ったアプローチもこれから実践していきたい。信頼関係を培う方法として活かしたい。

教育現場の大変さを知った。教員同士の横のつながりがないまま孤軍奮闘するのでなく、「思い」を仲間と共有しあえれば苦労も報われると感じた。

教師学を知ってから年数を経て、接し方が自然に身についていることが今日の参加で確認できて嬉しかった。

自分を信じて、まずは自分から教師学のやり方を発信していきたいと思った。今日ご一緒した皆さんが、全国で発信していらっしゃることに勇気をいただいた。

 
全体シェアリングの様子

最後に教師学事例研究会の野利雄実行委員長より、まとめの言葉が述べられました。

「私たちが教育の基本となるものとして位置づけている教師学が、今後の日本の教育の方向として提示されているアクティブラーニングとどんなふうに繋がっていくのか、改めて考えた一日となりました。また、『個』にしっかり目を向け、授業やその他の指導、援助の場面でどのように支援をしていったらいいのかの具体的な手がかりを示している教師学の実践によって、これから展開されていくであろうアクティブラーニングが、より実現可能なものになるでしょう。」と述べ、盛会の裡に幕を閉じました。