2005年5月号
親の悩みアラカルト5

ほとけの子

窓からは5月のさわやかな風が吹き込んでいます。もうすぐ、こどもの日。高井さんは3人の子どもたちのためにおやつのクッキーを焼こうと台所にいます。末っ子の秋生くんもヨチヨチ歩くようになり、2人のお姉ちゃんの後を追ってよく遊ぶようになりました。今もリビングからは3人の子どもたちの遊ぶ声が聞こえてきます。どうやら、5歳になる春奈ちゃんが仕切っておままごとが始まった様子。「ここはねレストランなの」と言っている春奈ちゃんの声が聞こえます。春奈ちゃんはまだ5歳ですが、よく妹のなっちゃんと弟の秋生君の面倒をみてくれるので、高井さんは本当に助かっています。
もう、あと一息でクッキーが焼きあがりというところで、高井さんは春奈ちゃんの遊ぶ声が急に甲高くなったのに気づきました。一体何が起こったのかしらとリビングをのぞいてみると、春奈ちゃんがカウチの後ろのスペースにままごとセットを並べ、そこに秋生君が座り込んでままごとのセットを手に持っています。その脇に春奈ちゃんが立って「ここはね、春奈のレストランなの」と大声で怒鳴っています。高井さんは思わず「春ちゃん、そんな大声を出さなくても聞こえるでしょ。そんな大きな声でお話をするとお喉が痛くなって声が出なくなっちゃうわよ」と言いました。でも、春奈ちゃんの声は大きくなるばかり。妹のなっちゃんも秋生君もびっくりして春奈ちゃんを見ています。高井さんは「もうすぐクッキーが焼けるわよ。もうお片づけしておやつにしましょ」と言ってみましたが、春奈ちゃんの大声はやみません。
実は、最近春奈ちゃんが急に不必要なほど大声で話をしたり、おもちゃを乱暴に扱ったりすることがあり、高井さんは気になっていました。その都度、「春ちゃんは良い子だからそんな乱暴はしないのよね。ねえねがそんなことをすると、なっちゃんや秋生君がまねするでしょ」と言い聞かせたり、「そんな大声でお話しするのはやめなさい」と注意をするのですが、一向に直らないのです。
高井さんは先日「親業訓練講座」の中で、「子どもが何かで感情を高ぶらせているような時、その感情を誰かに理解されたと分かると高ぶった感情が静まって、子どもは自分でその感情を処理できるようになるのですよ」とインストラクターの先生が話していたことを思い出しました。続けて、先生は「子どもの感情を理解したことを示す一つの方法が、あなたは今こういう気持ちでいるのねと確認することです。それには、『子どもの言ったことをそのまま繰り返して言う』、『自分の言葉で言い換える』、『気持ちを汲んで言う』方法があります」とも話されました。高井さんは、ああ、春奈ちゃんは秋生君にままごとの邪魔をされていらいらしているのだなと思い、まず「ここは、春ちゃんのレストランなのね」と春奈ちゃんの言葉をそのまま繰り返してみました。なおも春奈ちゃんは「ここはね、春奈のレストランなの!」と大声で叫んでいます。そこで、もう一度「春ちゃん、せっかくきれいにならべたレストランのお皿をぐちゃぐちゃにされてホントにいやだったのね」と言い直しました。すると、春奈ちゃんは大きな声で「誰か秋生を何処かに連れて行って!」と一言言うと、何事 もなかったように「あたし、お引越しするから」とままごとの道具を持って部屋の別の隅にならべて、機嫌よく1人で遊び始めました。高ぶった感情を母親に理解されたことで、春奈ちゃんは自分で感情の処理ができたのです。
高井さんは、「親業訓練」の先生が話していたことがその通りに起こったことにびっくりしました。あれほど何度も言い聞かせても、一向に大声を出すのを止めようとはしなかった春奈ちゃんが、高井さんが春奈ちゃんの気持ちを確認しただけで、「お引越しをするから」と自分で考えた結論を出したことになんだか拍子抜けがしてしまいました。と同時に、春奈ちゃんの成長に改めてうれしい、いとおしい気持ちがわいてきたのです。

堤 節子 親業訓練インストラクター
東京都在住