2006年10月号
親の悩みアラカルト10

ほとけの子

親として、自分の子どもにはこういう人になってほしいという願いがあるからこそ、子どもに働きかけていきます。一方で、小さな子どもにもその子なりの感性に基づく考え方が育ってきています。「ここはこうした方がいいよ」と私の三歳の娘に言うと、娘は「いいの!海ちゃんは海ちゃんで!」とよく反発しました。当時「親業」を知らなかった私は、娘に自分のアドバイスを拒否されることに母親として寂しさを感じ、時には「勝手にしなさい」と意地悪な気持ちになったのを思い出します。親が自分の思いを一方的に子どもに押し付けようとすると、こんなふうに親子の小さな衝突を招くことがあります。
五歳の洋君のお母さんの話です。お気に入りのカードをお友達に「見せて」と言われて、洋君が「だめ!」と強く拒否した姿を見たお母さんは、お友達が帰った後に「ねぇ洋、お友達にカード見せてあげなかったの、あれ、よくないと思うよ」と言いました。すると洋君は「だって、僕の大切なカードなんだよ」とほっぺを膨らませて言います。「でもね、見せてあげるくらいいいでしょう。お母さん、洋に優しい人になってほしいな」と言うと、「でも、お母さんだって『これはお母さんのとても大切なものだからダメよ』ってしまっちゃうことあるでしょ」と反発してきました。お母さんは、自分の無意識の行動を子どもから指摘され、その上に自分の行動の矛盾に気が付き言葉を失ったと言います。このように子どもが親の何気ない行動をみて同じようにしてよいと学習することは、親子関係の中ではよく起こることです。そのためには親自身の生き方や考え方を一つ一つ見直す必要がありそうです。本当に子どもに伝えたいことは何なのか、子どもに望むことを自分も大切にしているのか、といった事柄です。
洋君のお母さんはその後、「親業訓練講座」を受講しました。子どもの行動一つ一つに必ず子どもの気持ちや理由があり、その気持ちに添って聞く方法を「能動的な聞き方」と言います。お母さんが洋君の気持ちに添って洋君の話を聞いていくと、洋君にも「少しの傷も折りも、指紋さえ付けたくないほどカードが大切だ」という強い気持ちがあることが分かりました。お母さんは、単に「優しい子」に固執し、洋君の気持ちを分かろうとしなかった自分の態度こそ、洋くんへの優しさに欠けていたと感じました。また、「親業訓練講座」の中の「模範を示す」を実践してみようと、「洋の気持ちを大切にしてあげなかったお母さん、よくないよね。こんなにカードを大切にしたいと思っている洋の気持ち、ちゃんと聞いてあげようともしないで、見せてあげないのはいけないことだって、そればかり言ってきてごめんね」と、自分の行動を反省し謝るという行動を示しました。洋君のお母さんは「間違いは素直に謝る」ということも洋君にしっかりと伝えたかったからです。洋君は「分かってくれればそれでいいよ」と照れながらも晴れ晴れとした様子だったと言います。このように正直で誠実な親の日常的な行動は、長い月日をかけて着実に、しっかりと子どもの生き方に影響を与えていきます。
「親業」では、全ての人間関係においてそのコミュニケーションを円滑にするために心の架け橋を築く方法を学びます。その方法を自分の子どもが小学生の頃から五年間実践してきたあるお母さんが、今は思春期の娘からこんなことを伝えられました。「私、お母さんを誇りに思ってる。私もお母さんに支えてもらったけど、お父さんもすごく優しくなったし、それはお母さんが頑張って「親業」を続けてきたからだよね。お母さんを見ていて、私も友達から『辛くなるとあなたに会いたくなる』って思われる人になりたいって思っているの。私、お母さんを尊敬してる」。子どもからの最高のプレゼントですね!毎日の親と子の関係の積み重ねがあればこそ、の言葉です。

沼宮内亨美(ぬまくないきょうみ) 親業訓練協会インストラクター
青森市在住