2006年11月号
親の悩みアラカルト11

ほとけの子

忙しさの中で、体調の悪さや、様々な自分の思いを我慢してしまう母親業。「しんどいなあ」と感じている余裕もなく、安心して話ができる場もなかなかないものです。いつしか孤立感の中で我慢が一杯になり、「どうして私ばかりが一人頑張っているのだろう」と悲しくなる。身近にいる夫や子どもに、つい当たってしまい、そんな自分も嫌になってしまう。
明子さんは、子どもが幼稚園に入ったことをきっかけに、習い事をしたり役員の仕事をしたり、明るく元気な母親になろうと張り切っていました。
明子さんの母親は、「いい友達なんかできないもの」と言ってあまり友達付き合いもせず、家にいて明子さんによく愚痴をこぼしていました。また、母親はいつも不機嫌で「あなたは気が利かない子ね」とよく言われました。お手伝いをしても「そんなやり方じゃダメよ」などと度々小言を言われたことを鮮明に思い出して、今でも嫌な気分になると言います。そんな母親のようにはなりたくないという強い思いからでした。
しかし、そんな明子さんもなかなか思うように毎日を楽しめませんでした。会合があると、自分の司会者としての話し方が下手でみんながストレスを感じていないか、家に帰って子どもに当たったりしていないかと心配になります。そのくせちょっとした人の言葉にカチンときてしまうことがあり、こんな自分のしんどさをどうしたらいいのか分かりませんでした。また、母親のことも、たった一人の母親なのに最後まで嫌いのままでいたくない、母親を好きになりたいと思い、友人の紹介で「親業訓練講座」を受講しました。
講座が進むうちに、いつも失敗のない自分でいなければいけないという気負いに気付き、自分の行動も良い悪いで考えるのではなく、ありのままの気持ちを正直に表現していけばいいのだと思うようになりました。
ある役員会の日、自分が役員として責任を重く感じ、うまく役割が果たせるのかとても不安であること、自信がないこと、自分の母親の影響で苦しんでいることなどをみんなの前で正直に話しました。すると他のお母さんたちも、自分の悩みを次々に話し始め、違いはあっても、みんないろんなことで悩んでいたんだということも分かり、役員同士が良い関係になっていきました。
また、明子さんは、洗い物をしている途中に子どもに呼ばれるとイライラします。明子さんは講座で学んだことを思い出し、家事の途中で呼ばれると、自分は何が不愉快になるのかを考えてみました。洗い物をしているときは、早く終わらせてしまいたい、途中で止めたくないと思っていることに気付き、子どもに「お母さん、この洗い物を終わらせてしまいたいの、途中で呼ばれて中断するのはイヤだなあ」と言ってみると、とても楽な感じがして驚きました。
またある日、明子さんは頭痛がしたので、子どもに「お母さん、頭が痛いわ」と言うと、子どもたちがとても優しくしてくれたことに驚きました。自分が子どもの頃、母親に優しくできなかったことを思い出し、「(私の)お母さんも、『静かにしていなさい!』と怒鳴るのではなく、こんな風に素直に頭が痛いと言っていれば、つらさを理解できて優しくすることもできたのに・・・」と思いました。
本当に言いたいことを我慢して、子どもに対し不機嫌な態度をとってしまうと、どんな理由かも相手に分かってもらえない上に、子どもは親の顔色を見て、緊張して過ごしていることもあります。
親も自分の正直な心と向き合い、「子どもの行動を、こんな風に感じてるんだ」と理解し、「わたしは今こんな気持ちなの」と伝えることで、子どもにも親の気持ちが理解しやすくなり、また協力しやすくなります。
いい親であるためではなく、一人の人間として正直な気持ちを伝え、子どもの言い分にもまた耳を傾けて聞く、そんな「親業」が伝えるコミュニケーションの知恵が、何でもない日常の親子の会話を、かけがえのない温かい親子の絆を作る会話に変えていきます。

藤原露子(ふじわらつゆこ) 親業訓練協会インストラクター
愛媛県東温市在住