「啓太、今日はすごく良かった!」園のお遊戯会の夜、咲子さんは啓太くんを精一杯ほめました。なのに啓太くんは浮かない顔。「ちっともカッコ良くないよ。練習ではもっとうまくできたのに・・・」と、しょんぼりしています。どうやらあがってしまった啓太くんは、思うように踊ることができなかったようです。しょげている啓太くんに、咲子さんはそれ以上何とほめてやったらいいのか分からずに黙ってしまいました。
子どもが集団生活に入ると、運動会、お遊戯会等、一人ひとりの活躍が際立つ機会がたくさん与えられます。かけっこの得意な子は、運動会でスターになれますし、物怖(ものお)じせずに人前に出ていけるタイプの子は、お遊戯会等で力を発揮できることでしょう。出番を間違えても、セリフを忘れてしまっても、一生懸命に頑張る子どもたちの姿は輝いて見えます。私など、健気(けなげ)さに涙がこぼれそうになります。
でも、中にはそれらが苦手な子もいます。力が入りすぎて失敗してしまうこともあるでしょう。こんなとき、子どもを励ますつもりで「ガンバレ!ガンバレ!」と声をかけ、プレッシャーを与えてしまったり・・・などということもあるかもしれません。
咲子さんは、「あのときは、何て声をかけたらよかったのかしら?」と「親業訓練講座」で学んだことを思い出しました。
子どものしていることを親はほほえましく思えても、子ども自身は何かいやな思いや不満、不安などを感じていることがあります。こんなときは、励ましたりアドバイスしたり、親があれこれ言うのではなく、まず子どもの気持ちを受け止める「能動的な聞き方」が効果的です。「能動的な聞き方」で対応すると、子どもは親に自分の気持ちを分かってもらえたと安心できます。そして、次に何をしていけばいいのか、子どもは自分で考えやすくなります。
咲子さんは、改めて「思うように踊れなかったのが悔しいんだね」と子どもの気持ちを受け止めてみました。すると「そうだよ!練習ではうまくできたのに・・・」と返ってきました。そしてしばらく間があり、「ほら、ちゃんと踊れるんだよ!」と言って踊り始めたのです。
咲子さんが対応を変えたことで、啓太くんが急に元気になり踊りだしたことにびっくりしながらも、いとおしく感じていました。
うれしい気持ちを啓太くんに伝えたくなった咲子さんは、講座で学んだもう一つの対応「肯定のわたしメッセージ」で言ってみようと思いました。子どもがしたことで親がうれしく思ったり、安心したりした肯定的な気持ちを率直に表現する言い方です。励ましや評価する言い方と違い、親が何に喜んでいるのかが子どもにストレートに伝わりやすいのです。エライ、すごい、リッパ!と評価するのに対して、「肯定のわたしメッセージ」は、そのときの「わたしのうれしい気持ち」を伝えるからです。
そこで、咲子さんは啓太くんに、こう言葉をかけました。「啓太が、舞台で一生懸命にやっているのが、よーく伝わってきたよ。小さい頃は舞台の上でコチン!と固まっていた啓太が、こんなに大きくなって、元気に踊る姿を見せてくれて、おかあさん感動してウルウルしちゃった。とってもうれしかったよ」。初めキョトン、としていた啓太くん、すぐ笑顔になり、「うん!ボク、おっきいよ!おかあさん見ててね。ボクもう一回踊るから!」と力一杯踊り始めたのです。
咲子さんは、その後も子どもたちに肯定の気持ちを伝えるように心がけました。「啓太が一人で起きてくれるからすごく助かる!朝の忙しい時に時間を気にしたり、二階まで何度も起こしに行かなくてすむから、気持ちがゆったりするよ」「啓太が大きな声で『行ってきまぁす!』と登園するのを見ると、おかあさんも一日頑張ろうって元気を分けてもらえる気がする!ありがとう!」。すると不思議なことに、咲子さん自身が自分の心にホンワカと穏やかで温かいものが満ちてくるのを感じます。咲子さんは、イライラすることが少なくなった自分に気付いて驚いています。自信が持てず緊張しやすかった啓太くんも、今では本来の力が出せるようになってきたのです。
家族の中でこんな風にほほえましく、温かな空気を感じる時間をたくさん持ちたいものですね。
佐藤まり(さとうまり) 親業訓練協会インストラクター
千葉県在住